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二条大路木簡とは

二条大路木簡

 二条大路木簡は、平城京跡左京三条二坊八坪と二条二坊五坪の間の、二条大路の路面上に掘られた東西に長い濠状遺構から出土した木簡群で、総計七万四千点に上る。 二条大路木簡は、長屋王家木簡と一連の調査で見つかったため、混同されることが多いが、性格も時期も全く異なる。長屋王家木簡が、宅地内の遺構から出土した、一貴族の家政機関という閉じた世界の、平城遷都まもなくの時期の遺物であるのに対し、二条大路木簡は、路面上という特異な場所の遺物で、内容も平城宮木簡と全く変わりのない公的な色彩が強いもので、時期も長屋王没後の七三六年前後が中心である。

 廃棄元の特定は容易ではないが、木簡の内容分析から、基本的には三条二坊の長屋王邸跡地に置かれた光明皇后の皇后宮に関わる遺物で、その警備を担当した左右兵衛府や中衛府の木簡を主体とすることがわかっている。加えて、当時兵部卿、左右京大夫だった藤原麻呂の家政機関に関わる一群が含まれ、その出土位置から二条二坊五坪に麻呂邸を想定する根拠にもなっている。また、『続日本紀』に見える七三六年六月から七月にかけての吉野行幸に関わる遺物も含まれる。

 これら複数の内容の木簡の関連性や廃棄の契機など、なお充分には解明されていない部分も多いが、今回の展示により二条大路木簡の大きな広がりを実感していただければ幸いである。