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明治の駒

木簡が語るのは、古代史ばかりではない。ちょっと心温まるお話を。

旧大乗院庭園跡の発掘現場で将棋の駒状の木製品が出土した。

おそらく、大乗院の跡地が明治時代に小学校として使われたころのものらしい。

保存液につかっている木片達をみると、なるほど将棋の駒の形をしている。

だが、文字は非常に読みにくそうだ。あまり文字の痕跡が残っていないように見える。

それに、実に奇妙だ。将棋の駒の格好をしているくせに、厚さがおかしい。

上の方が薄いならわかるが、左右で厚さが違ったりしている。なんだか片面が、そげてしまったような感じで、毛羽立っている。

やたらと薄いものもある。こんな駒では、将棋も差しにくかろう。

ともあれ、文字「らしきもの」を観察することにした。

将棋の駒なら、パターンからかなり推測できるものなのだが、状態があまり良くなくて、読みにくい。

読みにくいなあ、と水を張ったバットのなかにつけて、ふと見て驚いた。

そげてしまっているように見えた面に、なにやら文字らしきものが見える。

水中で、光の屈折がかわって墨が見やすくなることは、よくあるのだが、文字がないと思っていた、そげたような面の方にみえるとは。

しかも、見えた文字は「少将」。

なんだ、これは。

よくよく観察すると、他にも同じような状況の駒がある。

「中将」「少佐」「中尉」。こうなれば、まず間違いない。「軍人将棋(行軍将棋)」だ。

どうやら、普通の将棋の駒を削って、軍人将棋をつくったらしい。

新しく「少将」などと書き込むのは削った面になるし、削り方が雑だと、左右で厚さが変わったりする。

明治時代の小学生の、夢中になるまなざしが思い浮かぶような、そんな気がした。

そう、木簡が語るのは古代史ばかりではない。       (馬場 基)