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袋の中に衣が入ったような「袋」の字―漢字の部品の場所とりゲーム―

本ホームページ展示室にあります、地下の正倉院展コーナーは御覧いただきましたでしょうか。(←クリックしてみてください)

その2009年の展示品の中に、このような文字 1-の木簡があります(Ⅲ期a9  皇后宮と吉野行幸

初めてこの画像を御覧になった方は、何の文字だと思われますか?

同じ文字として、この他に 2-3-もあります。
これらの文字は全部「袋」という字とされていますが、今私たちが書く様子と少し違います。これで“袋”という字なの?と思われた方もいるかもしれません。1の形は、上の「代」の部分がとても大きく、その中に「衣」の部分が包みこまれていて、衣が袋の中に入ったような感じがします。しかも、1と2のように、「代」の人偏と「弋」の横画、点の位置も様々です。たしかに、展示解説シートの解説にあるように、部品がそろっていれば、それで十分、ということなのでしょう。3に至っては、一見すると、「代」どころか、人偏の1画が省略されて、「厂」のようになり、別の字のようにも見えます(ちなみに正倉院文書にもこのような例があるので、たまには使われていた可能性が高いと思います)。
さて、このように、漢字の各部品の大きさ、配分、位置を変えた漢字は、木簡の中にも結構たくさんみられます。
たとえば、「贄」という文字。下の右と左の画像を比べてみてください。
4-5-今の「贄」の字の「幸」の部分に相当する左上の部分と下の「貝」の部分の大きさの配分が、左右で異なっています。Aは今と同じように「貝」が大きくて下の部分を全部占めているのに対して、Bは「貝」が小さくなって、「幸」に相当する部分が左半分全部を占めています。これらは、どちらも「贄」という字として認識されていたようです。
このような組み合わせは、他にも、下のようにあります。また、配分は変えずに、上下、左右など、各部分の配置をごっそり交替させるものもあります。
務の字6- と7- 勢の字8-9- 藻の字10-11-

さらには、各部分の位置を互いに交替させるというより、移動させたあと、空いた空間に別の筆画を加えているようにみえるものもあります。

さきほどの「袋」字で挙げた展示木簡をもう一度御覧になって、探してみてください!
実は、上から3文字目のこの部分「輿」という文字の「車」の部分です。
他の木簡では、今の形と同じように、と書いてあって、「車」は上にあります。これらを比べると、先に挙げた方は、「車」が下に来た分、上の部分には何か他の筆画が加えられています。はっきりとはわかりませんが、よく似た構成の「興」字のようになぞらえて書いたようにも見えます。最初に挙げた方は、「車」の部分が下に来て大きな位置を占めたことで、この文字が「車」に関わるものだとわかりやすくなったようにも思いませんか。
1文字分、ほぼ方形の限られたスペースの中で、各部品のせめぎあい?!を起こしながらも、全体としては面目をたもって、“その一字”と認識されています。どの部分の、どんな場所を占めるか、パズルのような、ゲームのような、そんな感じがします。
ちなみに、「袋」の字の1・2・3の画像をはじめ、「輿」の字の例も、それぞれ、中国の資料にみられます。「贄」の字は、現存する中国の資料では使用例が少ないためか、まだみたことがありません。
中国からきたものをそのまま使った可能性もありますが、一見すると別の字にもみえそうな色々な形を、当時の人々はうまくあみだしつつ、許容して使っていたんだろうなと想像します。(井上幸)
17-クイズ~何の文字でしょう→18-19-(←ヒント「手」のように見える部分は今の「壬」)
画像の出典 城=『平城宮出土木簡概報』、宮=『平城宮木簡』、京=『平城京木簡』
:22-16(117):17-16(126):22-8(15)4:16-9(68)5:25-22(279)6: 2-1708 7: 1-100 8: 12-14(99) 9: 3-500310: 宮1-40011: 宮1-402 13: 城22-16下(117)14: 城25-27下15: 城8-4下(20)16: 城15-26下(167)17: 宮1-342